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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)858号 決定

再抗告人 立川保全合資会社

主文

本件再抗告を却下した原決定を取消す。

本件再抗告を棄却する。

理由

再抗告人(抗告人)は「本件についてなした各原決定を取消す。相手方磐城セメント株式会社の足利簡易裁判所昭和三一年(ト)第一六号不動産仮処分決定正本に基く執行停止の申立を却下する」との裁判を求め、その理由として、別紙再抗告理由書記載の外、左記のように主張した。

原裁判所は、抗告人(再抗告人)が再抗告の理由書を法定の十四日内に提出しないとして、民事訴訟規則第六一条民事訴訟法第四一四条、第三九八条、第三九九条によつて本件再抗告を却下した。

しかしながら、本件再抗告の目的となつている原決定は昭和三十一年五月二十八日になされたのであるから、民事訴訟規則附則4により、再抗告理由書提出期間は同規則六一条の適用なく民事上告事件等訴訟手続第七条によつて五十日である。抗告人(再抗告人)の本件再抗告人の理由を原審に提出したのは昭和三十一年十月十五日であり、再抗告受理通知書の抗告人(再抗告人)に送達されたのは同年八月二十五日であるから、右再抗告理由書は法定の提出期日内に提出されたものである。よつて、原決定は右規則を誤つて解釈適用したものであるから、これが取消を求めるため本件抗告に及んだのである。

本件記録を調べるに、原決定は、抗告人の主張のように、民事訴訟規則附則4の解釈適用を誤つたものであることを認めることができるから、原決定を取消す。再抗告人の提出した再抗告は本来当裁判所になされたものであり、本件記録も原審から当裁判所に送付されてきているから、進んで、本件再抗告人の当否について判断する。

本件記録を精査してみると、足利簡易裁判所が昭和三十一年四月十日に、相手方磐城セメント株式会社の申請に基いてなした、本件仮処分の執行行為を取消す旨の決定は、本件仮処分決定が権利の終局的実現を招来する誤つたものであるとの理由であつたのに、これに対し再抗告人は原審に抗告したが、その理由としては、原決定は、仮処分制度の本質を忘却無視したもので、結果においては仮処分を蹂躙することを許容し、奨励する違法なものであると攻撃したにすぎない。よつて、原決定が再抗告人の抗告を民事訴訟法第五〇〇条第五一二条によつて不適法として却下したものである。

再抗告人の主張のように、仮処分命令に対し異議が申立てられたさいに、民事訴訟法第五〇〇条第五一二条は原則として準用されないで、具体的になされた仮処分の内容が仮処分の本来の使命である権利保全のためにする緊急措置である範囲を逸脱して、終局的満足を得させるような場合等特別の場合にのみ準用されるものであるから、原裁判所が右のような特別の場合に該当しないのにこれに該当するとして、仮処分決定の執行を取消したような場合には、これに対し不服申立てを許すべきである。しかしながら、上記認定のように、再抗告人の原裁判所に対する抗告では、仮処分命令の執行の取消決定が仮処分の本質に反し、仮処分を蹂躙することを許容する違法不当のものであることを主張するのみで、また右のような仮処分の執行を取消すべき場合に該当しないという具体的事実をもなにも主張していない。そればかりでなく、本件記録によれば、相手方磐城セメント株式会社は具体的になされた本件仮処分の内容が仮処分本来の使命である権利保全のためにする緊急措置である範囲を逸脱して、終局的満足を得させることを理由として、本件仮処分の執行の取消しを申請し、本件はその場合に該当するものと認められないではない。そうであるから、再抗告人の原裁判所になした抗告は理由がない不適法なものであるから、これを却下した原決定は相当で、本件再抗告は理由がないから、これを棄却し、主文のように決定する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

再抗告理由書

一、原決定(宇都宮地方裁判所昭和三十一年(ソ)第二号)が原抗告の理由について判断することなく不適法として原抗告を却下したのは、民事訴訟法第五〇〇条第五一二条に違背している。すなわち、

(1) 、原決定((ソ)第二号)によれば、執行停止決定(足利簡易裁判所昭和三十一年(サ)第八〇号)は民事訴訟法第五〇〇条第五一二条を準用して為されたものであることが窺われ、しかりとすればこの決定に対し抗告を為し得ないことは明かであるから本件抗告はその理由を判断する場合でなく不適法として却下すべきであるというのであるが、これは明かに判例に違反する。

(2) 、大阪高等裁判所昭和二九年(ラ)第一三八号、仮処分決定の執行停止決定に対する即時抗告申立事件昭和二十九年十二月二十二日第二民事部判決に言うとおり(判例時報46号22頁)『仮処分決定に対する異議申立の場合には、原則として民事訴訟法第五百十二条第五百条を準用することはできないのであつて、ただ例外として右仮処分決定の内容が権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得せしめ、その執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞あるような場合にのみ右法条を準用して右仮処分決定の執行を一時停止することができる(最高裁判所昭和二十三年三月三日決定参照)そして同法第五百条第三項後段によると、同条の執行停止決定に対して不服を申立てることはできないのであるが、右第五百条第三項後段にいわゆるその裁判とは同条を適用すべき要件が存在し且つ裁判所が実質的審査をした上なした裁判を意味するものであつて、その要件が存在しない場合に誤つてこれありとしてなした裁判は、たとえ実質的な審査をしていても、その前提を誤つたものであるから、かかる裁判は右にいうその裁判に該当せず、これに対しては同法第五百五十八条により即時抗告をすることができる』ものと解すべきである。

(3) 、原抗告は民事訴訟法第五百条第五百十二条を適用すべき要件が存在しないに拘らず、誤つてこれありとした足利簡易裁判所の執行停止決定((サ)第八〇号)に対してなされたものであることが明白であるから、その抗告理由を判断することなくこれを不適法として却下した原決定は、前記大阪高等裁判所の判例と相反する判断をしたものであつて、法令に違背しているから取消されなければならない。

二、次に原決定の判断した如く執行停止決定((サ)第八〇号)が民事訴訟法第五〇〇条第五一二条を適用したものであるとするならば、これを適用すべき要件が存在しないのに誤つてこれありとして適用した違法がある(原抗告の理由一および二参照)。すなわち、

(1) 、先ず第五一二条第五〇〇条を適用すべき要件について考察すると、その適用はただ例外的に、一回の給付により権利の終局的満足を得させるような仮処分の執行の場合に限つて許されるのであり、この要件がないのに債務者の回復すべからざる損害を云々するのは筋ちがいである。

(イ)、最高裁判所の判例によつても、原則として仮処分の執行につき民事訴訟法第五一二条を準用することは許されないのであり、ただ『各場合において具体的になされた仮処分の内容が、権利保全の範囲にとどまらずその終局的満足を得せしめ、若くはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞あるようなものであるならば、その執行は実質上終局的執行のなされた場合と何等えらぶところはないのであるから、この場合においてのみ、例外として民事訴訟法第五一二条を準用する必要あるものといわざるを得ない。』(最高裁判所昭和二五年(ク)第四三号、同年九月二十五日大法廷決定)

(ロ)、右大法廷決定の趣旨は、『仮処分決定に対する異議の申立または仮処分判決に対し上訴の提起のあつた場合に、民事訴訟法第五百十二条の規定を準用すべきでないとの原則論に立ちつつも、唯だ具体的になされた仮処分の内容が仮処分本来の使命である権利保全のためにする緊急措置たる範囲を逸脱し、終局的満足を得しめるようなものである場合にも、同条の規定により仮処分の執行を停止し得ないとすれば該仮処分執行の結果最早違法な仮処分の裁判の当否を争う実益を失うに至り、債務者に回復すべからざる損害を生ぜしめる不当の結果を招来するから、この極めて例外の場合においてのみ前記法条を準用すべしとし、一回の給付により権利の終局的満足を得させるが如き仮処分の執行につき、停止を命じ得べきことを是認した趣旨であると了解せられる。』(東京高等裁判所昭和二八年(ラ)第一五〇号、仮処分執行停止命令申立事件、同年七月二十日第五民事部決定、判例時報11号9頁以下)

もとより『元来仮の地位を定める仮処分は係争の継続的権利関係につき現在の危害を避けるため、仮の地位を規整して争の終結まで債権者主張の権利関係の状態を維持し保全することを目的とするものであつて、争ある権利関係が確定的に実現せられるまで、さしあたり債権者の現在の窮境を打開しその生存を維持してその権利関係の確定を求めることを可能ならしめるにあるから、その目的を達成するに必要な限度においては、争ある権利の実現を仮りに認め、債権者に一時の満足を与える仮処分もまた必ずしも許容できないものでない。唯だ仮処分は本案訴訟の完結に至るまでの一時的暫定的裁判に止まるべく、本案訴訟の判決が確定しまたはその執行せられた場合に生ずる終局的確定状態と全く同一であることは、仮処分の本質として許されない。』

『従つて………仮処分により原状に回復し得ない状態を生ぜしめることは、仮処分の目的を逸脱するものとしてそれ自体違法たるを免れないが、この終局的確定的であるという点を除いては、即ち仮定的暫定的性質を保有する限り、仮処分と雖も判決の確定または確定判決の執行により、実現せられる法的効果の線に接着する処置を講ずることは、必ずしも禁ぜられるものでない。例えば扶養料につき本案判決の確定まで仮りに月々の支払を債務者に命じ、特許権を侵害した者に対し本案訴訟の終結まで物品の製造販売を禁止する仮処分の如きその必要性の存する限り前叔仮りの地位を定める仮処分として是認せらるべきである。』

(ハ)、従つて仮処分の執行によつて債務者が損害を受けるとしても、それは適法な仮処分の当然の結果であり、『結局かかる損害は本案の請求権のないことを前提とする不当な仮処分執行の結果生ずることあるべき損害に外ならず、かかる権利の存在を肯定し得てもなお且つ仮処分の内容それ自体仮りの措置たる仮処分の目的範囲を逸脱して終局的確定状態を現出せしめ債務者に回復することのできない損害を生ぜしめる虞れある場合に該当しないこと勿論である。』(前掲東京高裁決定)

(2) 、ところで本件仮処分命令の内容は、『(一)、別紙目録記載の土地(栃木県安蘇郡葛生町大字会沢千九百九拾壱番山林壱町参反五畝九歩)について被申請人の占有を解いてこれを申請人の委任する宇都宮地方裁判所足利支部執行吏にその保管を命ずる。執行吏は右地上のベルトコンベーヤーを除き右土地を申請人に限りその使用を許すことが出来る。(二)、被申請人は別紙目録記載の土地上に存するベルトコンベーヤーの使用を直ちに中止し続行してはならない。執行吏は右ベルトコンベーヤーを封印又はその他適当な方法によつて使用を禁止する措置をとらなければならない。(三)、執行吏は右命令の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。』というのであり、その申請の理由は、

『一、足利簡易裁判所昭和三十年(ト)第一五号仮処分決定の執行。

1、申請人は別紙目録記載の土地の所有者であつて、これを被申請人に賃貸していたが、昭和二十八年一月十二日右賃貸借の終了後も、被申請人はこれを不法に占拠し、且つ昭和三十年初頃からは鉄骨製ベルトコンベーヤーを施設するための永久的な基礎工事をはじめた。

2、依て申請人は足利簡易裁判所に土地立入禁止工事中止の仮処分を申請し、昭和三十年二月二十五日「被申請人は別紙目録記載の土地に立入してはならない、被申請人は右土地上に施設中のベルトコンベーヤー工事を中止すること、申請人の委任する執行吏は適当な方法をもつてこの執行を為すことが出来る」旨の仮処分決定(昭和三十年(ト)第一五号)を受け、

3、昭和三十年二月二十六日執行吏井上三子に委任して仮処分決定を執行した。右執行にあたり執行吏は本件土地に臨み被申請人に出張の事由を告知し且つ「仮処分を為したることを明にするため仮処分決定の趣旨を記載した公示札を要所に施しこれに反する行為又は公示札を破毀することあらば刑罰に処せらるることがあるべき旨を論告した。」(疏第一号証仮処分執行調書謄本および疏第七号証)

二、公示札を破毀し仮処分決定を無視した強暴なるベルトコンベーヤー工事の進捗。

1、前記仮処分執行により被申請人は本件地上におけるベルトコンベーヤーの工事を一時中止し作業員を奥地の工事に転用したが、

2、間もなく昭和三十年八月には工事を再開したので申請人はこれを執行吏に報告し警告してもらつた。(疏第二号証手紙の控)

3、しかし被申請人は警告を無視しただけでなく昭和三十年十二月中旬からは更に大々的に工事をはじめ本件土地内に食いこんで道路を二間巾に切り開き公示札を破毀する等の暴挙をなすに至つた。(疏第三号証手紙及び添附図面の控)

4、依て申請に基き執行吏は昭和三十年十二月二十七日仮処分の現場に臨み被申請人の不法を責め、「仮処分の趣旨に反し土地に立入りしては断じてならない、尚右土地上に施設中のベルトコンベーヤー工事を進行してはならない」と告げ、尚公示札を破毀せざる様、特に注意を与えた。。(疏第四号証仮処分現場点検調書謄本)

5、しかし被申請人は執行吏および申請人からの度かさなる警告を一切無視し、本年二月頃からは連日三十人前後の人夫を使つてベルトコンベーヤーの基礎工事六箇所とその上に鉄製の支柱を完成し、本年三月上旬には木製の旧施設を撤去し新に構築した鉄製のベルトコンベーヤーの運転を開始するに至つた。(疏第五号証手紙の控、疏第六号証執行吏のハガキ、疏第七号証実状報告書)

三、著しい損害を避け且つ急迫なる強暴を防ぐため。

このようにして被申請人は足利簡易裁判所の仮処分決定をも執行吏の警告をも馬の耳に念仏、反故紙同様に無視し、申請人では手も足も出せないような多人数の人夫の力により、全くの暴力によつて申請人の所有地を我が物がおに使用しはじめた。依て申請人はこの急迫なる強暴を防ぎこれ以上の著しい損害を避けるため』

仮の地位を定める仮処分として前掲趣旨の仮処分を求めたものである。

すなわち、抗告人(債権者申請人)は相手方(債務者被申請人)が、本件土地に対する占有を解かれなかつたことを奇貨とし裁判所の命令(昭和三十年(ト)第一五号仮処分決定)を全く無視し蹂躙し執行吏の警告をも聞き流して、ほしいままに本件土地に立入り、これを使用し、公示札を破毀し、道路を切り開き、ベルトコンベーヤーを新に構築し運転する等の暴拠をなすに至つたため、これを防ぐために前掲趣旨の本件仮処分決定(昭和三十一年(ト)第一六号)を得て、昭和三十一年四月七日宇都宮地方裁判所執行吏井上三子に委任して右決定正本に基き、被申請人の本件土地の占有を解き執行吏の保管に付し、且つ被申請人に対し前記地上に存するベルトコンベーヤーの使用を直ちに中止し続行してはならないと宣し、その使用禁止の処置として材木を以てベルトを挾みこれをボートを以て止めその上十六番線針金を巻き付け鉄骨の先にこれをいわい付けその上に封印を(但し中継所下及び二間程離れた場所二ケ所)施したものである。

(3) 、そこで本件仮処分の執行につき民事訴訟法第五〇〇条第五一二条を適用する要件が具つているかどうかを検討してみよう。

本件における仮処分の目的たる係争の権利関係は、上述の如く、一回の行為を目的とするものでなく、一定期間にわたる継続的状態にある法律関係であつて、本件仮処分決定は、この係争の権利関係につき申請人(抗告人)のために、既存仮処分蹂躙の急迫なる強暴を防ぎ現在の危険を防止する必要ありとして仮の地位を規整し、相手方たる被申請人に対し、これと相容れない一定の行為の禁止を命じたものである。

そして『本件のように仮の地位を定める仮処分においては、係争物に関するそれと異なりその内容が本案判決の執行と選ぶところがないものであつても、それを以て直ちに仮処分の範囲を逸脱したものということはできないのみならず』(前掲大阪高等裁判所判決)、本件仮処分決定の内容は前述のように、ベルトコンベーヤーの使用を禁止するに過ぎないものであつて、そのベルトコンベーヤーを除去するものではないのであるから、未だ本案判決の執行と同一の結果を来すものではないと言うべく、決して権利保全のためにする緊急措置たる範囲を逸脱し債権者に終局的満足を得せしめるようなものではない。

それゆえ本件仮処分決定に対しては民事訴訟法第五〇〇条第五一二条を適用すべき要件は全く存在しないのであり、相手方(債務者)の本件仮処分決定の執行停止の申立は不適法として却下せらるべきものである。

従つて本件仮処分の執行によつて相手方(債務者)が損害を受けるとしても、それは仮りの措置たる仮処分の目的範囲を逸脱して終局的確定状態を現出せしめ債務者に回復することのできない損害を生ぜしめる虞ある場合に該当しないこと勿論である。(前掲東京高裁決定)

〔附言〕。

また実際上債務者は本件仮処分によつてたいした損害を受けるものではないのである。相手方(債務者被申請人)は本件仮処分の施行によつて「会社の生命線である石灰の運搬不能の状態に至りセメント製造は正に中止せんとする状況である」旨主張しているが、それは全くのいつわりであつて、相手方は坦々たる路面上を以前から数台のダンブカーによつて石灰石の運搬を行つているのであり、ベルトコンベーヤーを使用しなくても、それによつて支障なく事業をつづけることは容易である。(昭和三十一年五月二十八日附石沢亮作書面および昭和三十一年十月二日附、蓼沼義弘書面および添附の写真三葉)。

三、それゆえ本件執行停止決定((サ)第八〇号)は、前記最高裁判所大法廷決定、大阪高等裁判所判決および東京高等裁判所決定に違反し法令に違背したものであり、その地方に大勢力を有する相手方(被申請人債務者)会社が昭和三十年(ト)第一五号仮処分決定の禁止を無視し、蹂躙して強暴な違法を行うことを容認するものと云うべく、失当であり、取消されなければならない。(原抗告の理由三参照)

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